いいたい放題上方漫才史 足立克己著

 足立克己著「いいたい放題 上方漫才史」。上方漫才の重鎮・喜味こいし師匠がお亡くなりになった直後に見つけて読んだ。著者の足立克己は漫才作家の草分け・秋田實の弟子,秋田もその一翼を担った松竹芸能の発足時からその文芸部で活躍したヒト。本書はその足立サンが1994年に上梓した回想録。一部バクロ本めいた内容もあるようだが,相当キツイ話でもなんつか上方的曖昧模糊のオブラートに包まれていてほんわか読めちゃう。

 その内容。マジメに働くのが大嫌い,学校の勉強も性に合わず,好きなのは寄席と博打と……と言うナニワの若者だった足立サンが「ひょっとしてオレにも書けるんとちゃうか」と応募したNHK芸能祭の台本募集(当時はそういうのがあったらしい),漫才部門で入選し,憧れの秋田實に出会うまでは……まぁ正直に申し上げてこの年代の方々にはよくある「青春記」。

 が,その時点で「もう弟子はとらん」と言ってた秋田が自身率いる「上方演芸」を勝忠雄の「新生プロ」と合併し,角座のオーナーである「松竹」にも一枚噛ませて「松竹芸能」を設立したあたりから話は俄然面白くなる。その文芸部に誘われ,秋田の右腕と言われた藤井康民の指導を受けながら漫才台本の腕を磨くうち,当時人気絶頂のかしまし娘から台本をたのまれ,若井はんじ・けんじを売り出し,少年時代の横山やすしに出会う……。

 もしかしたら大阪(上方?)生まれのヒトにとっては常識なのかも知れないのだが,この昭和30~40年代って吉本興行より松竹芸能の方が圧倒的にチカラがあったんだね。後半,松竹芸能を出てフリーになった立場からのその栄華盛衰を冷静に分析するあたりは必読。本書の出版から幾星霜を経過した現代の状況をオーバーラップさせつつ読むのがまた一興である。

 オレが手に取った時に期待した,いとし・こいしコンビのエピソードも。その昔お二人のネタに「一人が怒ってハサミを取り出し相方のネクタイを切る」というのがあったそうな。ところがある時期からこれをやらなくなった。足立サンが何故かと聞いたら「あの頃はネクタイが貴重品でしてん。ネクタイを切ると勿体ないという思いが底にあっての笑いですねん。今このネタを仮にやっても笑いません。というのもネクタイなんて下手すれば百円位で売ってるから誰もアッと思いまへんがな」と。

 芸人は客の笑いがどんな心理からくるもんかちゃんと分析してるんですな。当り前かも知れないけどちと感動しました。


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