アイアンクロー ショーン・ダーキン監督

 ケリー・フォン・エリックは確かオレより一歳上なだけだった。1980年、ソヴィエト連邦のアフガニスタン侵攻をきっかけにアメリカ合衆国はモスクワ・オリンピック・ボイコット、陸上、円盤投げのオリンピック候補だった彼はそれで兄弟たちに続きプロレスラーに転向した。オレは彼の円盤投げのフォームをギミックにした彼の「デュカキス・パンチ」というのが結構気に入っていたのを憶えてる。

 力道山や馬場、猪木とも戦った親父、フリッツ・フォン・エリックは子供の頃のオレにとって、ザ・デストロイヤーやディック・ザ・ブルーザー・アフィルズ、フレッド・ブラッシーなどと肩を並べる存在だった。その「鉄の爪」… この映画の題名にもなっている「アイアンクロー」が引退し、その息子たちが次々と台頭してきた1979〜80年、週刊ファイトや月刊ゴングを読む者にとっては「新しい時代」を感じさせるニュースだったなぁ。

 オレも憶えているのは兄弟のなかで最もでかくショーマンシップもあってNWA王座挑戦が約束されていた三男デヴィッドが日本遠征中にホテルで病死したこと。その彼を追って冒頭に紹介した四男ケリーはNWA王座を獲得する(映画のようにベルトを持ってる時に、ではない)が、バイクの事故で一時は再起不能と言われる(奇跡の復帰を遂げるが鎮痛剤中毒になり自殺…は映画の通り)。

 ケリーとどっちが先だったか憶えていないが、体格に恵まれなかった五男のマイクもデビューし、試合中の怪我がもとで精神を病んで自殺したはずである。80年代から90年代にかけて、そういうニュースを目にして正直心を痛めていた。一家は呪われているのかと(いや、オレは呪いとかは信じないんだけどさ)。

 この映画は、その「鉄の爪ブラザーズ」の長兄(フリッツの息子としては長男が幼くして亡くなっているので次男になる)であるケヴィンの視点から,父フリッツがプロモータとして息子たちを売り出し当時のテキサス・テリトリーで隆盛を極め、その父の期待に応えようとした息子たちが次々と悲劇に見舞われて行く顛末を描く(一部、実際に起こったことよりマイルドにされてる)。

 兄弟を演じる役者たちもすごいカラダ造りをしていて、試合のシーンもリアリティがある。ハリー・レースやリック・フレアー、ブルーザー・ブロディといった当時のトップレスラー達も(多少誇張されてるけど)なかなかの再現度。当時フリッツのテリトリーにはあのグレート・カブキもいたはずなんだが、彼が出てないのは演じられる俳優がいなかったのかなぁ。

 とにかく、あらかじめ知ってる通りの暗い話でどうなることかと思ったのだが、オレがプロレス記事をおっかけなくなったその後、生き残った長兄ケヴィンが今は大家族で幸せに暮らしていると知って救われた。なんかいろいろ感情移入するとこ多すぎで冷静に評価できないのだが、オレはいい映画を観せてもらった感いっぱいで劇場をでました。


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