ネアンデルタール人は私たちと交配した スヴァンテ・ペーポ著

 どんなことが書いてある本か…と,言えばそれは題名の通りなんだが,この題名を見て「ははあそうでしたか,ところで例のナニの件なんですが…」というタイプの人には読む必要のない本なんだけどさ。日経サイエンスの2010年8月号で「私たちのDNAにネアンデルタール人の痕跡」という記事を読み,ほんまかいな詳しく知りたいぞと思ったオレのような者には絶対の「読まねば本」なのである。

 ちょっと背景を説明すると,初期の現生人類とネアンデルタール人(オレが小学生のころ読んだ学習マンガでは「旧人」と呼んでた)がヨーロッパの一部である期間共存していたということは遺跡などから解っていた。ただ,それが同じ森に住むオオカミとイノシシのようにまったく別種の生き物としてなのか,もっと親密な,有り体に言えばセックスを伴うものだったのかどうかは謎だったのである。

 たとえばヒョウのオスとライオンのメスを交配させるとレオポンが生まれる。頭はライオンで身体はヒョウに似るというが,生殖能力がなく,レオポンの子孫は生まれない。ネアンデルタール人と我々の祖先が交配した場合も,その雑種は子孫を残せなかったのではないか,という説も聞いたことがあった。いやこれ実は変な説でね,レオポンの誕生は飼育下の話であって野生環境でヒョウとライオンが交尾することはない。

 逆に言えばネアンデルタール人と我々の祖先が自然に交尾したならその子孫も生殖能力を失うことはないだろう。であれば…というわけで,この本の著者スヴァンテ・ペーポ博士とそのスタッフたちはネアンデルタール人の骨から抽出したDNAと現代人のDNAを比較,現代人のDNAの中にネアンデルタール由来の遺伝子を確認し,実際に交雑があったことを証明したのである。

 というわけで,これ,古生物学的にすごい研究成果なのだが,ぺーポ博士はあくまでDNA研究者であって古生物学者ぢゃないので,この本の中身は「ネアンデルタール人と現生人類の交雑という事実のすごさ」ではなく,「ネアンデルタール人の骨からDNAを抽出するすごさ」の方なのである。「ネッシーをつかまえたぜ」という本を買ってみたらつかまえたネッシーの正体についてはあんまり書いてなくてその捕獲に至る苦労話満載ってな感じ。

 いや,それはそれで面白いんだよ。たとえば琥珀に閉じこめられた蚊の体内の血液から恐竜のDNAを抽出してクローンをつくるという「ジュラシック・パーク」の計画が現実には不可能だという話(理由はご自分でお読みくだされ)。化石からDNAを抽出することの困難さ,とりわけ我々自身のDNAによる汚染を防ぐことの難しさと重要さ。とにかくいろいろ勉強になる。解ってもらえなさそうな喩えだが,最終製品だけでなくそのための治具の設計にまで興味を持てるような人ならきっと楽しく読めるはず。


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