ケネス・W. フォードの「不思議な量子」に「電子は原子内の3次元空間に波として広がっている」という話が出てくる。「ああそうですか」と納得しちゃうヒトには簡単なのだが,これが以下のような実験をして導き出されたと聞けばどうだろう。
電子銃から一度に一個の電子を放出する。その行く先には放出された電子を受け止める検出システムがあるのだが,両者の間には壁が一枚設けられており,その壁には二つ,縦長のスリットが開いている……。たとえばこれをピッチャーとキャッチャー,それにマウンドとホームベースの中間に置かれた壁とすれば,キャッチャーが受け止めたボールは必ずどちらかのスリットをくぐり抜けて来たことになる。常識ですよね?
ところがこれが電子では常識ではなくなる。この実験器具を実際に作り一個ずつ電子を何個も検出システムにぶつけてみると,そこには典型的な干渉波のパタンが現れるのだ。意味解りませんか? つまり一個の電子は二つのスリットの両方を同時に通り抜けるのだ。そして互いに干渉し,また一個の電子として検出システムに到達する。おお,大リーグボール4号ですな,あれ5号かな?
本書は,この実験(二重スリット実験という)をはじめとして,科学雑誌「フィジックス・ワールド」の読者が選んだ「美しい科学実験トップ10」を解説したものだ。エラトステネスによる地球外周の計算や,ガリレオが行ったというピサの斜塔から重さの違う球を落とす実験,ニュートンの太陽光分解,地球の自転を証明するフーコーの振り子……。
果たして科学実験を「美しい」と呼べるのか,という哲学的な疑問に逐次答えつつ,著者は「科学する」ことの楽しさを余すところなく伝えている。
もし時間がおありなら是非「Electron Waves Unveil The Microcosmos」を検索してそこにあるムービーをご覧あれ。これは日立製作所基礎研究所の外村彰さんがロンドンの王立研究所で1994年にやった講演のフィルムで,二重スリット実験で電子が干渉波を描くさまをその目で見ることができる。オレはこれを美しいと思った。ものすごく感動した。そして,あなたもそうだといいなと思ってる。