古い本である。執筆されたのはオレの生まれる前。今回、古本屋で見つけて手に取った角川文庫の奥付によれば初版が昭和四十九年。この本は昭和五十一年の第九版なのだが、そうしてみるとオレが初めて読んだこの本は時期的に文庫の初版だったのだ。そうかそうか、と懐かしく思う。
このテの推理小説を片端から読んでいた中学生のころ、今のコトバで最も「推し」であったのは高木彬光だった。最初に読んだのは「刺青殺人事件」だったと思うが、映画にもなった(なったんだよ)「誘拐」でぶっ飛び、「破壊裁判」で滂沱の涙を流し、そしてこの「人形はなぜ殺される」に出会ったのだ。
手品・魔術を趣味とする人々の内輪の発表会。そこで披露されるはずだったギロチンの魔術の小道具である「首」が消えうせ、その演し物は中止になった。数日後、それを演じるはずだった女性マジシャンがギロチンに首を刎ねられた状態で発見され、そこには本人の首の替わりにあの盗まれた,手品用の首が転がされていた。
この奇怪な事件の解明を依頼された名探偵・神津恭介。しかし第二の惨劇が予感されるその日、彼は外せぬ用事で京都行きの夜行列車に乗っていた。そして、第一の事件の容疑者たちが集う興津に向った彼の盟友・松下研三は屋敷から消えたマネキン人形を追って何者かに襲われる…。
消えたマネキンは神津が乗る急行の一つ前の列車に轢かれ、それを予告とするかのごとく、神津の列車は第二の犠牲者を礫断する…。実際の殺人に先立って必ず人形が殺される、何故?
設定や語り口、時代背景など今となっては確かにいろいろ古めかしいんだが、この「人形はなぜ殺される」という謎は21世紀の現在でも充分リメークに足るトリックだと思う。誰か高木先生のご遺族に許諾を受けて現代版に再生させてくれないかなぁ。その価値はあると思いますよ。