南蛮幻想 ユリシーズ伝説と安土城 井上章一著

 安土城の天守閣,キリシタン灯籠とも言われる織部灯籠,ホメロスのユリシーズと百合若大臣伝説との関係など,近世以降の西洋文明 (南蛮文明) の伝播に関する日本国内における探究史,というか学説流行史である。井上先生の真骨頂だよね。

 いや,前書き後書きを読む限りにおいてご本人はしごく大真面目なので,私ごときがこのようなことを書いては大変失礼に当るやも知れぬのだが,いやこういう種類の「メタ学説史」みたいなものが客観的資料のみに頼って成立しうるとは思わなかった。

 なるほど,学者によって意見が分かれ,はっきりと白黒がつかない問題の場合には研究者の間にも流行と言うかトレンドみたいなものがあるのである。こないだまで多くの考古学者が,捏造石器に浮かれて大真面目に「日本には50万年も前からヒトが住んでいたんです」みたいなことを言ってたのとか思い出すよね。

 とまぁ,それはそうですかそういうものがありますか,と納得して,その上で面白いかというと実はそうでもない。安土城の天守閣にしても,ユリシーズ翻案問題にしても,一応現在における「学会の定説」みたいなものまで追ってあるもののはっきりと結論が出ているわけではないからだ。

 読み物的オモシロさとしては,例えば泰斗面してふんぞりかえっていたセンセイが自説の誤謬をつきつけられて慌てふためく,とかいうシーンが欲しいがそういうものもないし,なによりラディカルなトンデモ学説(例えば安土城の天守閣はキリスト教の大聖堂だったとか,ね)がどれもこれも「んなことありっこないでしょうが」方面に論破されていくのでつまんないのである。

 いやもちろん研究なんだから,面白ければいいってもんぢゃないんだけどさ。今は文庫の上下巻で入手できるけどリンクが二個になるので単行本へのリンクを貼ります。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: