古代中国 説話と真相 落合淳思著

 「酒池肉林」という故事成語の知名度はけっこう高かろ。漫画になった「封神演義」のおかげもすこしはあるかも知れない。一部に誤解しているヒトもいるようだが、酒で池を満たし木に肉を掛けて林にしたということであり、「肉」に性的な意味合いはない。自民党和歌山県連の多様性を求めた勉強会とはかなり違う。が、まぁその誤解も普及に一役買ってるかも知れない。殷の紂王が愛姫・妲己と共に楽しんだという宴会の描写である。

 あるいは「臥薪嘗胆」。紀元前5世紀の呉越戦争に由来する。父・闔閭が越との戦いでの負傷が元で死に、復讐を誓った息子の夫差は越への恨みを忘れないために硬い薪の上で寝起きした。やがて夫差の復讐が成り呉の配下となった越王・勾践もその悔しさを日々新たにするため苦い胆(胆嚢か)を舐め続けた、という話だ。

 この本、一般には「中国の史書」と思われているものに載っているこのテの説話が、実は語られているその時代よりずっと後世の「捏造」であり、その「捏造意図や捏造された時代背景」を探る(まぁそれもまた歴史学なんだが)には役に立つものの、その文章の舞台となっている時代の研究には邪魔でしかない、という話を懇切丁寧に説いてくださっている良書である。

 大人気の「キングダム」にも出てくる、秦の始皇帝は実は宰相・呂不韋の息子だったという、司馬遷の「史記」が出どこの「秘話」なども一刀両断である。曰く「始皇帝の母親がもとは呂不韋の愛妾だったということは現状では否定できないものの、《妊娠していたことを隠し》というのが記録されるはずがない」。言われてみればその通りではないですか。しかも妊娠12ヶ月で生まれたなんて、あり得ない。

 他にもこの類いの話がてんこ盛り。オレはこういう「身も蓋もない真実の論証」が大好物なのでタイヘン面白く読ませていただきました。


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