帰ってきたヒトラー デヴィッド・ヴェンド監督

 1945年4月30日,総統地下壕の自室で拳銃自殺した独裁者アドルフ・ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)。しかし次の瞬間,彼は2014年のドイツで,自殺直前の記憶を失った状態で目覚めた。自分がタイムスリップしたとは夢にも思わぬ彼は(まぁこれは彼でなくたってそうだろうが),戦争指揮を継続しようと官邸を目指す。が,どうも周囲の様子がおかしい。

 立ち寄ったキオスクに並んだ新聞により自分が2014年のベルリンに来てしまったことを認識。驚きのあまり卒倒し店の主人に介抱されたヒトラーは,彼のことを「ヒトラーのそっくりさん芸人」であると誤解した主人の勧めに従いキオスクを手伝うことになる。

 そうこうするうちその「なりきりぶり」(当たり前だ,本人なんだから)に目をつけたのが,ネタがなくてテレビ番組製作会社をお払い箱にされたばかりのディレクター,サヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)。この自称ヒトラー(本名は?と聴いても「アドルフ・ヒトラー」と答えるんだからしょうがない)をネタに再起を賭けて彼を街に連れ出す。

 町中でヒトラーに出会った人々は意外なほどに好意的(この場面はホントにぶっつけで撮ったそうな)。ヒトラーがあの有名な口調で現在のドイツを憂い「今こそ思い切った手段を実行しかつ責任を取れる指導者が必要なのだ」とか説くとそうだそうだと賛同するヒトが続出する。

 やがて満を持してテレビ番組に出演したヒトラーはあっという間にスターダムにのし上がり,本気で政界復帰(?)を視野に入れ始める。一方,サヴァツキはふとしたことから「彼はホンモノのヒトラーかも知れない」(そうなんだけど)という考えにとりつかれて…。

 「無名だが演技力のある実力派」という難しい条件のもと探し出された主演マスッチはホンモノより10cmほど背が高いがその立ち居振る舞いは見事のひとこと。実は鼻と上唇も作り物でメイクには2時間ほどかかるのだそうだが,そんな違和感は微塵も感じさせない。

 なんでも街に出ての「ドキュメンタリー」撮影のとき,「ヒトラーとしての自分」をまるでポップスターのように扱う人々に触れて心底驚いたらしい。ネオナチ政党・ドイツ国家民主党の集会に参加したときは相当怖かったらしいが,打ち解けた党員に「あんたがいれば党勢を拡大できるんだが」と誘われたそうな。おもしろうてやがて恐ろしきヒトラーの業。傑作。


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