かなり昔読んだ本だけどKindle版があるのを知っていろいろ思い出したのでご紹介。なんつうか,オレにとってある種懐かしいニオイのする本なのである。
その昔(40年以上前だが),麻雀屋で雀ボーイをやってたころの客ってこういうヒトばっかりだったんだよね。いつでも莫大な借金抱えてて,儲け話には鵜の目鷹の目のくせして,どっから工面したのかサイフにはン十万が入っており,それをまた傍目にも気前よく使ってしまうのだ。ヒトゴトながら心配になったぞ。
主人公の趙奉三は大阪で事業に失敗,東京に逃げて来てタクシーの運転手をしていたが,交通事故で続けられなくなり失業。自分の体験を元に小説を出版するも思うようには売れず…ってこの辺,著者自身の体験なんだろうか,悪友の誘いに乗って健康マットのマルチ商法に突っ込んで行く。
この健康マットのセールス・トークが大笑い。いわく,大気中にはニンゲンの健康にいい「磁気」が一定量ある。これがなければ生物は生きていけない。なぜかというと赤血球にはプラスとマイナスがあり,互いに反発することで血液の流れが促進されているからである。ところが現代人は磁気を発している土をアスファルトで覆ってしまい,この磁気を吸収できない。
そこでだ,この健康マット。表面の突起の下に強力な磁石を多数縫い込んであって不足しがちな磁気を補給できるスグレものである云々…あんた,アスファルトやコンクリートで磁気が遮られるなら,例えばオレの部屋でコンパスが北を指すのは何故ですか。
いやしかし,このマルチの会社「ジャパン・エース」(もちろん架空の会社である)が二泊三日で行う研修会に参加したみなさんは全員欲と二人連れ,この落語みたいな説明をすんなりと受け入れてしまうのである。実際,ああニンゲンというのはこのように洗脳されてしまうのか,うぬぬ,この雰囲気の中に叩き込まれたらオレも危ないかもなと思うくらい,この研修会のシーンはスゴい。
一個だけ紹介しておこう。見知らぬ同士の参加者にペアを組ませ,一人を壁に向かって立たせる。そしてペアの人を信じて後ろにそのまま倒れろと。そう言われて棒のように倒れられるニンゲンは少ない。すると指導員が「なんで相手を信じないんだっ,他者を信じなければ自分も信じてもらえませんっ。受け止めてもらえなくてもいいぢゃないですか,受け止めてくれなかった相手は倒れた相手を本当に信頼しますよ。信じあうことは素晴らしいことなんですっ」と叱咤する。
一般論としてはその通り,なかなかいいこと言うぢゃないかと思うヒトもいるかも知れない。が,誰がやってるかを忘れちゃいけない,こういう演出で疑いを持つことに対する罪悪感を植え付けて行くのである。いやはや,小説としても面白いが,今後の人生こういうモンに騙されないための参考書としても有用な一冊と言えよう,このクソみたいな時代に掛け値なしにオススメしたい本であります、詐欺じゃありません(笑)。