稲作漁撈文明-長江文明から弥生文化へ 安田喜憲著

 さてオレと同じく昭和の歴史教育を受けた皆さん,世界四大文明ってのを憶えてますか? もしかして歴史の教科書とかにはまだ載ってるのかしら。かいつまんで言えば(つうか,かいつまむほどの内容もないんだけど),人類の文明というのは古代,4つの大河の流域で起こった。他の文明はみんなそのどれかの流れを汲んでいるって与太話。

 そもそもの最初から欧米では否定されてたんだけど,どういうわけか二ホンでは広く流布されて,少なくともオレがガキの頃世界史教科書の冒頭はこれだった。

 なんで二ホンの教科書がこの説にそこまで固執してんのか,という話になるととたんに話が政治がかるのでやめておくが,とにかく現代の研究シーンにおいてこの四大文明説は論理的に否定されているのである。知らなかった? そういう基礎知識を共有できてないと,以下のオレによるこの本の紹介レビューが1ミリも理解してもらえない可能性があるので是非今知っていただきたい。

 タイトルになっている「稲作漁撈文明」というのは読んで字のごとく,コメを作り魚を獲る文明ということである。そもそも著者の安田先生は環境考古学の専門家,湖とかの堆積物から植物の花粉蓄積量の推移を調べ,それをもとに考古学年代における気候変動を推定するってな学問をやってるんだけど,その先生が中国の揚子江流域で栄えた長江文明の遺跡を調べてこの文明を「稲作漁撈文明」と名付けたわけ。

 先生によれば,上に出てきた四大文明…不案内なヒトのために具体的に書くと,メソポタミア,エジプト,インダス,黄河の各文明は「畑作牧畜文明」であり,その文明の痕跡(普通は遺跡って言ってますが)が今日でも明瞭な形で残っているのはこの型の文明が基本的に循環型ではなく収奪型であるからだ,ということになる。ことば難しいですか?

 くだけた物言いをすればこうなの。長江文明も黄河文明に負けず劣らず古いんだけど,その文明のありようが自然に優しい循環型であったゆえに,亡びたのち彼らが土地に残した爪痕は素早く自然によって覆い隠され発見が難しくなった。対して畑作・牧畜は自然収奪型…つまり土地のモノを喰い尽くして他所に移動するカタチであるので,彼らが収奪した跡の「ペンペン草も生えてない」場所がまんま「遺跡」として残ったんだよと。

 で,だ。すべての古代文明が畑作牧畜文明である四大文明の後継であるというのは確かに与太なんだが,現代の文明がその直系であることもまた火を観るよりあきらかである。

 そうでしょ? 「森を焼いて畑にして作物が育たなくなったら次の森を焼きに行く」あるいは「家畜にそこに生えてる草を食わせ食い尽くしたらまだ生えてる土地に行く」という発想は「そこから出るだけ掘り出して石油を使いいつか使い尽くすことがわかっていながらどっかで『またどっか掘れば出て来るんぢゃね?』と思ってる」のの相似形だよね。

 現代の知識と技術で探せば世界には自然を収奪しない稲作漁撈型の文明の痕跡だってたくさん見つかる。今こそ彼ら先人の知恵に学び,人類の文明を収奪型から循環型に転換していくべきだ,というのが本書における安田先生の主張なんだけど…いやこの主張に賛同するかしないかに関係なく,膨大なデータから解き明かされる歴史的事実の数々は圧倒的。特にノアの方舟伝説で語られる洪水の時期と原因を看破するくだりの知的興奮はハンパないっす。読むべし。


投稿日

カテゴリー:

投稿者: