空飛ぶ絨毯

 中東のとある国,とある街の市場。散策中の旅行者夫婦に,抜け目のなさそうな商人が片言の英語で話しかける。

 「旅の旦那さん,旅の奥さん,空飛ぶ絨毯買わないか」

 「空飛ぶ絨毯? 何の冗談だ?」

 「冗談,違う。ワタシ,代々続く魔法使いの家の末裔,空飛ぶ絨毯,作って売ってる」

 「本当に飛んでいるところを見せてくれれば買ってあげてもよくてよ」

 脈があると見たか満面に笑みを浮かべて空を指差す。よく晴れた空の一角,確かに絨毯のように見える四角いものがふわふわと浮いている。夫婦があっけにとられていると,商人はちょっと声を落として言う。

 「ワタシ,正直なニンゲンだから正直に言う。あれ,実は失敗作。最後の仕上げ,馬で言う手綱にあたる部分を付ける前に逃げられた。いずれ飛び疲れて降りてくるはずだけれど,それがいつになるか,明日か明後日か,もしかするともっとかかるかも知れない。私の母親,病気でたおれた。私,お金持って駆けつけなければならず,あいつ疲れるのを待ってられない。あいつ疲れたら必ずこの,同じ羊の毛で編んだ手綱に引き寄せられてくる。それ,待ってくれるなら格安で売るよ」

 夫婦は額を寄せて相談する。眉に唾をつけたくなるような話だと妻は言うが,夫は騙されたとしても惜しくない額まで値切ればいいぢゃないか,と説得する。そもそもこの国と夫婦の国では金の価値がおそろしく違うのだし,そうしている間も絨毯はいかにも気持ち良さそうに空の上を駆け回っているのだ。

 交渉の末,夫婦にとっては子供の三輪車を買い替えるほどの値段で話がまとまる。商人はお金を受け取ると何度も礼を言い,これで母の病気が治せるかもしれないやっと親孝行ができる,と涙ぐみながら去る。

 その晩夫婦はホテルの部屋で話し合う。あと数日の滞在期間のうちに絨毯が降りて来なければ諦めよう。それで諦めても惜しくない程度の金額だし,人助けにもなったのだから気持ちがいいではないか。

 しかし。

 翌日の夕方,絨毯が徐々に低く飛び始め,何人もの人々が彼等のとそっくりの手綱を持って行方を追っているのを知ると,夫婦はあれは我々のものだ,絶対に諦めないぞ,と頷きあって走り出す。


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