美術愛好家の陳列室 ジョルジュ・ペレック著

 小説を読んで感動する,その感動にはいろんな種類がある。主人公の境遇に感情移入して涙を流すのも感動だし,ミステリの鮮やかなトリックにやられたっと思うのも感動だ。その昔梶原一騎が「男の条件」(川崎のぼる・画)で描いたように,自らの痛いところを突かれて激昂するのも感動の一種かも知れぬ。

 オレだけかも知れぬが,ごく稀に「ああ,こんな話をオレも書いてみたい!」と思ってしまうことがある。言うまでもなく書いて書けるもんか,という能力的なことは度外視しての話だけれど,作中人物ではなくその作者に感情移入してしまい,この素晴らしい作品を書き上げたときに作者が感じたであろうヨロコビをオレも味わいたい,と切実に思ってしまうのだ。

 本書はまさしくそんな本である。

 タイトルになっている「美術愛好家の陳列室」は,ドイツ系アメリカ人の画家,ハンリッヒ・キュルツによって描かれ,1913年に一般公開された絵画の題名。ピッツバーグのビール醸造業者で絵画の蒐集家としても著名なヘルマン・ラフケの依頼で描かれたこの作品は,いわゆる「ギャラリー画」,つまりは「絵のコレクションを描いた絵」である。昨年,国立西洋美術館で開かれたベルギー王立美術館展に来ていたダーフィット・テニールス(子)の「イタリア絵画ギャラリーのネーデルラント総督レオポルド・ウィルヘルム大公」とかの類いだ。

 テニールスの絵に描かれているのは確か30枚そこそこだったと思うが(会場で数えたんだが忘れた)キュルツの描いたこの作品にはなんと100以上の絵がきわめて丁寧に模写されているという。しかもその中にはこの絵自身も含まれており,入れ子のようにその中にもまた同じ100以上の絵が。そしてその中にも……。

 簡単に言えばこの小説は,この1枚の絵に対して,ということはつまりそこに描かれている100以上の絵に対しても,ということだが,これでもかこれでもかと解説を加えたものである。誰それの何と言う題名の絵で,ラフケがどこでいくら払って入手したものか。ものによってはラフケの手に落ちるまでの持ち主の来歴も。そして作者不詳の絵に関してはその推定と根拠までも,だ。そして読者はいつしか,その言葉のラビリンスに取り込まれていく…。

 これ以上書くとネタバレになってしまうので(ああ,書きたい!)書かないが,美術史に興味造詣のある方ほどこの作品にはハマるはずだ。それほど絵に詳しいわけでもないオレでさえが,読んでる途中に再々本を置き,インターネットで画家の名前を調べては感心したりにやにやしたり頭を掻いたりしたのである。いやはや,すごいよ,これ。そんでもってここですごいと言ってるオレがたぶんそのすごさの半分くらいしか分ってないのだ。どうです,読みたくなってきたでしょう? 


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