食い詰めた私は時給の高さに惹かれて,深夜のコンビニで働き始める。もともと如才はないほうだし,肉体労働も苦にしないので重宝がられ,店長の信頼を勝ち取って一人で店をまかされることも多くなる。
ある夜半過ぎ,私が一人でレジにいると,フルフェイスのヘルメットをかぶりライダースーツを着た男がやってきて銃のようなものを取り出し,逆上した声で「金を出せ!」と叫ぶ。
雑誌のコーナーで立ち読みをしていた数人がこちらを向く。出入り口に向かいかける者もいるが,強盗が「動くんぢゃねぇ,こいつはほんもんなんだぞ!」と怒鳴って銃口を向けるとその場に立ちすくんでしまう。
フランチャイズのマニュアルは,こうした場合には逆らわずに金を出し,くれぐれも怪我をしないようにと指導している。どうせこの手の強盗の9割までは,防犯ビデオの映像を手がかりにして逮捕されるのだ。
私は相手の目を,いや目のあたりを見ないようにうつむき加減でレジの紙幣をすべて束ねて差し出す。総額十数万円,強盗罪で最低でも5年の懲役に見合う金額ではない。
その束をポケットに押し込んだ男が,ヘルメットを私に押し付けるようにして首をかしげる。鏡面仕上げが施されたプラスティックの風防の上で私の顔が歪む。
「金は…」
言いかけてから,もう少し怖がった方がいい,という考えが浮かんで言い直す。
「か,金は。金はそれで全部です。あ,あの。あの,細かいのもお持ちになりますか?」
強盗が突然すっとんきょうな声を出して私の古いあだ名を呼ぶ。
「あー,おまえ,やっぱり★△◎■かぁ。懐かしいなぁ,おい。こんなところで逢うとはなぁ」。
私がきょとんとしていると,彼は雑誌コーナーに銃を向けながら,
「ご覧の通り取り込み中だからつもる話もできないけどよ,今度ゆっくり酒でも飲もうぜ。連絡してくれ,な?」
大声で叫んで出て行く。
遠ざかるバイクのエンジン音の中, 彼を誰だか思い出せない私は,レジの引き出しに片手をかけたまま,立ち読み客達の疑惑に満ちた視線の中にひとり立ち尽くしている。