呪術意識と現代社会-東京都二十三区民調査の社会学的分析 竹内郁郎・宇都宮京子編著

 クレージーキャッツの「五万節」ぢゃないが,♪学校出てから◎◎年,もはやこのテのフィールドワークに興味を持つことなんかあるまいと思っていたんだが,ネタがネタだけに手に取ってしまった。表紙に曰く「合格や商売繁盛を祈願する,お守りを身につける,節分で豆を撒く,運勢を占う,北枕を避けるといった行為は(中略),どのような人々によって,どのような意識に基づいておこなわれているのだろうか。東京都23区での調査をもとに,現代社会に息づく呪術意識を統計的に浮き彫りにする」。

 ね,とっても面白そうではないの。

 分析の基礎データとなっているのは,2004年~2006年に科学研究費補助金〈基礎研究B〉(これがどんな分類なのかはオレに訊かないほしい。知りません)を受けておこなわれた「現代日本社会における『呪術』の意味と機能について」の東京都23区民調査である。調査対象は23区在住の20~79歳までの男女1200人で,回収率は60.3%,つまり724人が回答したわけ。その全部で77問に及ぶ質問への回答をさまざまな角度から分析,編著者2名を含む計7名の研究者がテーマごとに論文にまとめている。

 たとえば「初詣に行ったか」あるいは「節分には豆撒きをするか」という質問への答えと回答者の年齢,単身者か家族持ちかなどのクロス集計や,占いに対する親和性と信頼度の男女差,年齢分布なども興味深かったが,圧巻…圧巻てこたぁないか,結構意外だったのは,家に仏壇と神棚があるヒト,仏壇だけがあるヒト,神棚だけがあるヒト,両方ともないヒトそれぞれの呪術的諸傾向の有意な差異。この論文をモノした武蔵野大学の北條先生はこれを「神棚的秩序と仏壇的秩序」と分けてみせるんだが,この論考は実に目ウロコもの。

 同じ北條先生が我が学生時代の悪夢の源,ピエール・ブルデューの「ディスタンクシオン」をヒントにしたデモグラフィー要因のプロットグラフを描いて23区民における呪術的諸要素の空間配置を検討する第12章も読み応えがある(つか,データ処理作業が自分に関係なければこの図は別に苦痛を励起しないのだなぁ,当然だが)。このグラフだけでもカラーにしたらもっと見やすかったのに。

 編著者の一人でもある東洋大の宇都宮先生も書いているが,フレイザーはその著書「金枝篇」の中で祈祷(宗教行為)と呪術・科学を区別し「後者の作用するところの決定権はニンゲンにある」としている(祈祷では決定権は神にある)。そんな,と思うかも知れないが,呪術と科学はその目的合理性に着目すれば「同じ穴のムジナ」なのであり,科学を科学たらしめている論理性をないがしろにすれば,ヒトはすぐ呪術の陥穽にハマリ込んでしまうのだ。

 もし今度,科学研究費補助金が貰えたら,是非所謂疑似科学に対する信頼度も「呪術的諸傾向」の一つとして質問に加えていただきたいものである。だってそうでしょ? ああいうのって(バカ高い値段を別にすれば)交通安全のお守りや合格祈願の絵馬と同じものなんだから。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: