さぁやっと読み終えたぞ。ではレビュー。…まずはマックス・ウェーバー「プロティスタンティィズムと資本主義の精神」を読んでないヒトにはちょっとワケがわかんないと思うので、僭越ながらものすごく乱暴な要約をさせていただく。思い起こせばワタシはこれを18歳の時に信州大学でムラキ…ムラヤマだったかな? 先生に教わったのだった。あの講義は面白かったなぁ。
西洋社会において資本主義というものが発展した背景にはプロティスタンティズムがある。プロティスタンティズムというのはルター、カルヴァンに代表される宗教運動(日本の中等教育社会科では「宗教改革」と呼んでた)で、つまり中世を通して宗教的絶対権威を保持していたカソリック、ローマ協会への異議申し立てである。日本仏教で言ったら鎌倉期の浄土宗、浄土真宗、日蓮宗みたいなものか。
主張は簡単で「聖書に戻れ」ということ。カソリックの神父が権威を持って「こうだ」と言ってもそんなことは聖書に書いてないことがある。そのウソを見破るには自分で聖書を読めなければならない…と、説いたプロティスタンティズムの指導者たちは民衆が聖書を読むために字を教えた。識字率の向上は聖書以外の分野にも効果を及ぼし、文化は発展し市場経済も活性化する。「市民階級」が誕生するわけね。
聖書を至上とするプロティスタンティズムには一つの葛藤が生まれる。聖書では飽くなき利益追求を「強欲(greed)」と呼んで戒めている。しかし市場経済のなかで市民は「もっと金持ちになりたい」。そこでこういうリクツが生まれる。最後の審判の日、神に救済される人間かそうでないかは予め決まっている。救済される人間は現世でも恵まれているはずであり、また功徳を積んでいる…これが面白いのは「救済されるヒトになるために功徳を積みましょう」ぢゃないとこなのね。「功徳を積んでいるということが救済されるヒトである証し」なの。
この考え方に基づいてプロティスタンティズムと資本主義はクルマの両輪のように時代を牽引した。だからその「先端」である「西洋」では、その他の世界を物理的に搾取しながら、その他の世界を支援する(功徳を積む)という欺瞞が続いてきたのである…というのがトッドの目から観た20世紀末なのね。このデンで言うと日本の「資本主義の発展」はプロティスタンティズムにベースがないからちょっと違った位相を見せたような(だから「失われた30年」なんてことになってる)気もするんだが、フランス人であるトッドにそこのニュアンスを求めるのは酷かも知れぬ。
で、トッドは21世紀に入ってそれが終ったというの。これを彼はプロティスタンティズム・ゼロ状態と呼んでいる。平たく言えば宗教的美徳の喪失だ。そしてそこには「金儲け」だけが残った。21世紀の優秀なアメリカ白人は金融関係を目指す。アメリカの外貨獲得に最も貢献しているハイテク産業の担い手は他の業種に比べて有意にアジア系が多い。トランプは関税を高くすれば自動車産業がアメリカ国内で製造するようになる、と言うが、おそらくそこに職を求めるアメリカ人はそう多くない。同じ原因からアメリカが誇る世界最強の軍備も早晩、トランプ支持者の嫌う移民の助けなしでは維持できなくなるのではないか、というのがトッドの見立てである(この本はトランプの再当選前に上梓されているが)。
昔、日本がまだ景気が良かった頃、こぞって製造業が国外に工場を建設・移転したことを憶えている。中国で製造すれば人件費が安い。中国人が安い給料では働かなくなったから今度はヴェトナムだ…そしてミャンマーを「最後のフロンティア」とか呼んでた経済誌はどれだっけ? トッドの言う「西洋の敗北」とはそういう焼き畑農業的な資本主義の行き詰まりであり、それによってその底に隠蔽されていた「オレたちは神に救われる側」という抜き難い差別主義が露になったことである。
実際(日本はまたしてもかつての「名誉白人」的に「名誉西洋」に位置しているが)、多くの日本人が思っているほど「西洋」特にその代表たるアメリカはもう「それ以外の世界」からまったく信用されていない。ロシア=ウクライナ問題ではロシアにシンパシーを示す国が多いし、パレスティナ問題でイスラエルに賛意を示す国は「西洋」内部にも多くない。「Make America Great Again」というのがトランプのキャッチフレーズだったが、あの路線でアメリカが「グレート」になれることは絶対になかろう。「白人でもアングロサクソンでもなかったバラク・オバマがWASPが推進したプロティスタンティズムの精神を体現する最後の大統領だった」というトッドの言にはワタシも深く頷かざるを得ないなぁ。
