病気で入院した友人の見舞いに行き,同室にいる難病の少年に紹介される。眠っている少年の髪を優しく撫でながら友人が言う。
「かわいそうに,なんとかという奇病で,もう歩けなくなってかなり経つらしい。身体が端の方から麻痺して行くんだって。その麻痺が心臓に達したら死んでしまう。まだ13歳だっていうのにね」
私は,その病気のことは昔マンガで読んだ覚えがあると思う。主人公の天才外科医はどうやってその患者を救ったっけ。
少年は私たちに,自分はセミ男で身体の端の方から固くなって行くのはつまり羽化の準備なのだと言う。羽化のときは背中を割って出なければならないので腹這いに寝ていたいのだが,家族も医者も信じてくれないのだと。
もういつ心臓が止まってもおかしくないという状態になったある晩,見舞いに訪れた私に少年が言う。
「お願いだよ,今夜が山場だと思う。夜中に内緒でそっと,僕の身体を裏返してちょうだいよ。そしたら明け方には僕は羽化してあの窓から飛んで行ける」
私は友人と相談し,彼のベッドの下に隠れて夜中を待ち,二人掛かりで少年の身体を腹這いにしてやる。少年は苦しそうな息の下で我々に礼を言い,できれば朝までベッドのカーテンを閉めておいてくれないかと頼む。
すっかり夜が明けて回診に来た医者がカーテンを開けると,少年の背中には大きな亀裂が入っており,そこから巨大なセミが出かかった姿のままで死んでいる。医者はすぐに何が起きたのか察し,我々を振り返って言う。
「成虫になったからって病気が治るわけではないんですよ」