江戸の罪と罰 平松義郎著

 「江戸の罪と罰」であるが,題名から想像されるような,貧乏だが学問に励む下級武士の三男坊がオレは天才であるにも拘わらずこういう境遇なのに学もなければ色気もないただ強欲なだけの金貸しの後家が裕福だなんてあんな女は殺していいんだと思いこみ押し込み強盗をハタラクものの,信心深い可憐な町娘に惚れて改心する,しかしそんな彼らをよそに歴史は明治に向かって大きく動き始めていた…というような話ではまったくなく,日本法制史を専門とする大学の先生による江戸時代の刑法・刑罰についての解説書である。

 白状すると第1部「近世法」の辺りに関しては、一応読むには読みましたけどほとんど頭に残らない。朧げながら理解できたのは幕府法と藩法という存在。アメリカの連邦法と州法に似てて,ある事件の被害者と加害者が両方ともその大名の領民であれば藩法で裁けるが,片方が他所者だと幕府に伺いを立てる,すなわち幕府法の適用対象になるってこと…。

 なんだけど,ほんぢゃその幕府法というのが天下にきちんと公開されてたかというとこれが「秘中の秘」で幕府の役人の中でもその担当の者のみが知ってた,という旧ソ連状態(「お前は法律を犯したから逮捕する」「なんの法律を?」「それは秘密だ」というあれね)。ところがその実,どの藩でもその写しを入手秘匿していたというわけわかめ。こう書き出してみると結構頭に入ってるやん(笑)。

 でも読みどころは第2部半ばの「人足寄場の成立と変遷」というトコロ。時は寛政年間,話の主役は老中・松平定信とご存知鬼平こと火付け盗賊改役・長谷川平蔵。この時点まで江戸における刑罰というのは基本的に「死刑」か「追放刑」で,現代一般的な「自由刑」…つまり懲役など自由を奪う刑ね,はなかった。よく時代劇で出てくる牢屋は未決囚がいれられるところで,現代で言えば拘置所であって刑務所ぢゃないのである。

 でも永年それでやってきた結果,江戸で軽い罪を犯したヤツは「江戸トコロ払い」とかで江戸から追放されるが他所に行って生きねばならない。同じように他所で追放刑食らったヤツが江戸に来てたむろする。当然ながら彼らのほとんどは正業に就けず元の稼業を再開するわけで治安が悪くなってしようがない。

 そこで長谷川平蔵が,こういう「無罪の無宿」(江戸では罪を犯してないから無罪だが,どっかから追放されてきてるので無宿である)をひっとらえてヒトツところに集め,人足として働かせればどうでしょう,と定信に建言。これを定信が許して日本初の刑務所…ぢゃないんだけどね,そもそも入ってるヒトは無罪だし,が出来たという話。鬼平がこの仕事に傾けた情熱を知って,今後「鬼平犯科帳」を観る目が変わりそうである。


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