高い塔の頂点にある展望台にいる。360度,遮るもののない視界はしかし一面青空ばかり,眼下の町並みはレースのカーテンごしに覗く細密画のようにしか見えない。展望台は時計回りにゆっくりと回転している。
やがて私は奇妙なことに気づく。展望台が一周するごとに,僅かながらその直径が狭まっているような気がするのだ。登って来たときには軽く5mはあると思われた窓までの距離が,今はあきらかに4mを切っている。試しに私は床のタイルの枚数を数える。足下から窓際まで8枚と3/4ほど,それが三周もすると,確かに8枚と3/5ほどになっている。
しかしながらそれに気づいているのは私一人らしく,周囲の親子連れやアベックなどは相変わらず楽しげに靄の向こうの町並みなどを指差したりしている。こんな展望とも言えぬ退屈な景色のどこが面白いのかといぶかしく思いながら,なぜか私も降りようとは思わない。
展望台はさらに回転を続け,今や最初に感じた広さの半分ほどになっている。そのわりに人の密度が変わらないのはなぜだろう。そう言えば私が着いてから一度もエレベータの扉は開閉していないような気がする。
と,私の視界の隅で何か異常なことが起こる。今までそこにいた少年が,まるでフィルムが飛んだように消え失せたのだ。注意深く観察してやがて合点が行く。この展望台は一周ごとに狭くなるだけでなく,一周ごとにその客をひとりづつ消し去っているらしい。もちろん窓が開いて振り落とされているわけではない。ただどこかに掻き消えてしまうようなのだ。
私は一組の親子連れに注目する。父親と母親とその子供,子供は小学生くらいだろうか。そして父親が掻き消えた瞬間,私はその子供に話しかける。
「坊や,坊やのパパはどこへ行ったの?」
子供はけげんそうな顔で私を見つめ,母親を見上げる。母親は半分怒り半分とまどったような口調で,この子の父親とはとっくに別れました,なぜあなたは見ず知らずの他人にそんな立ち入ったことを聞くのですかと言う。私は頭を下げて無礼を詫びるが,顔を上げるとその母親ももはや消えて少年だけがぼんやりとそこに立っている。
遂にガラスまでの距離は1mほどになり,残っている人間も数名になる。カメラを持った男が私にそれを手渡し,シャッターを押してくれと頼んで消え失せる。私はいよいよ最後がどうなるかを目撃できるぞと期待に胸を膨らませるが,あと二人を残して自分も消えてしまう。