もうすぐ新しいお札が出るのでちょっと読み返してみた。なんつうか日本における贋金事件史,みたいな本なんである。
まず印象に残るのはベストセラーになった真保裕一の「奪取」のモトネタ事件(いやオレが勝手にこれがモトネタだなと思ってるだけだけど)。「和D-53号」事件,1993年春,大阪で起きた。ニンゲンが見れば一目で怪しいと判るが自動両替機などの機械のチェックは通ってしまう,という偽札約500枚が大阪駅を中心とする銀行の両替機からあいついで発見されたというもの。紙の大きさと厚さ,特定部分のインキの磁気,透かしの部分の光の透過性……さえクリアしていれば,早い話描いてあるのはヘノヘノモヘジでも構わない,なんと革命的な偽札だろう。
子供のころ別冊少年マガジンのマンガで読んだ「チ-37号事件」も載っていた。が,この事件は謎が多過ぎてドキュメントとしてはつまらない。あのマンガの独創的推理が面白かったのだな。…大正13年に東京駅の窓口で偽の100円札が使われた事件が泣かせる。この頃の制度では,このテの被害は偽札を掴まされた係の負担であったので,出札係だった当時20歳の花子さんは被害額90余円を弁済するため,可哀想に2月以上も只働きをすることになってしまった。このことが新聞に報じられると全国から花子さんに同情の義援金総額270円が集まったそうな。優しかったな,ヒトが。
そうそうそ,昭和天皇在位60周年だかの10万円金貨というのがたくさん偽造された事件があったではないか。あれの裏話があきれてしまう。実は大蔵省造幣局ではこのコインにさまさまな偽造防止の工夫をしていたんだそうな。なのになぜ発覚が遅れたか,というと,その工夫,偽金識別方法は「秘密中の秘密」だったので大蔵省のごく限られたヒトしか知らず,「日銀に知らせるなんてとんでもない」という態度だったからだというのだ。馬鹿としかいいようがない。ありません。
そうでなくても,もともと原価にして4万円分くらいの純金で作った10万円,という詐欺みたいなコインだったので偽造されて当然だったのだ。だってそうでしょ? つまり犯人たちは日本政府より「良心的な」偽金を作っても,それを10万円に替えられれば損はしないのである。さてこの事件の反省に立って1997年の長野オリンピック記念硬貨1万円は,金地金だけでも18,500円になるという豪華版であった。え,なんで買っておかなかったって?
だってそれを最初から38,000円で売ったのである。敢えて言うがこれぢゃ金無垢の彫刻なんだか貨幣なんだかわからない。絶対に1万円で流通しない1万円硬貨に刻んである「1万円」の文字,というのはなんつかすごくシュールな存在だと思いませんか?