悪役レスラーは笑う『卑劣なジャップ』グレート東郷 森達也著

 著者の森達也は昨年の「福田村事件」で有名になった映像作家。それ以前はあのオウム(現在はアレフに改名)のドキュメンタリー「A」,「A2」を撮ったヒトとして知られてた。この本はそのころの著作。最初は映像作品として考えていた題材だが,残念ながら日の目を見なかったらしい。 

 そりゃそうだろ。書名にもある通り主役はあのグレート東郷なのである。グレート東郷と言えば,ワタシくらいの世代のプロレス・ファンなら誰でも知ってる名前だが、アベ政権下「日本スゴイ」の風潮のなかではあまり思い出して欲しくない人物だっただろうし。

 もちろん1956年生まれの著者が「そのファイトは記憶にない」というくらいだから,1961年生まれのワタシの「グレート東郷」は梶原一騎原作のプロレス漫画の中で暴れ,門茂男の本で語られ,老人のショック死を報じるニュース映像(に出てくる新聞の写真だったような気がする)の中で銀髪鬼フレッド・ブラッシーに額を噛み破られている彼である。

 太平洋戦争の余韻さめやらぬアメリカのマット界(こういう言葉があったのだ),日本との戦争で死んだ兵隊の家族や友人,生き残った兵隊本人,身近にそうした者はいなくても新聞やラジオのニュースで日本人への嫌悪を募らせた市井の人々。そういう人々の前に,彼らのイメージの中の日本人そのものの風貌・いでたちで現れ,卑怯千万なファイトスタイルで憎悪を煽ったレスラー。

 その知名度に反して,実は謎に包まれたこの「日系レスラー」の真の姿を追う本書は,まるで合わせ鏡のように戦後日本におけるナショナリズムの問題を照射する。あの力道山が終始「東郷さん」と敬称をつけて呼んだ男,多くの人に守銭奴と嫌われた男,「世紀の悪玉」と呼ばれて巨万の富を築いた男。その男は,その出自ひとつに限っても,日系人,韓国人,中国人とのハーフなど諸説芬々つかみどころがない。

 それはまるでヌエのような……と書こうとしてふと気付く。いや,それこそまさしく「プロレスラー」ではないか,かつて村松友視が書いたような,虚実の衣を身にまとった「プロレスラー」そのものではないか,と。全国500万(と,かつて古舘伊知郎はアナウンスしていた)のプロレスファン必読の書。


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