メディアの光景 北野栄三著

 毎日新聞(大阪本部)社会部記者を皮切りに,週刊誌(サンデー毎日)の編集部,TV局(毎日放送)の重役を経て最後はバーチャル和歌山という和歌山県ローカルのポータルサイトを立ち上げたジャーナリストのメディア論……論てこたぁないか,メディアとジャーナリズムに関するエッセイ集,ただし軽い読み物ではありません,と言った方がしっくりくるか。

 初出がバラバラで順番も年代順ではないため(「ベトナム戦争とメディア」とか「戦後とメディア」みたいにテーマ分けされてるんで)ちと話があっちゃこっちゃというか……著者と同じ年代の方であればそうではないのだろうけど,約30年歳下であるワタシなどが読むと,自分がリアルタイムで見聞してた事件とものごころつく前の事件の間には実際以上に乖離というか「隔世の感」めいたものを感じてしまう。そういうことないですか?

 と,予防線を張っておいて「ベトナム戦争とメディア」の話。ケネディ暗殺のあと副大統領から昇格したリンドン・ジョンソンが北ベトナムへの爆撃を開始したのは1965年3月,当時4歳のはな垂れ小僧(これは比喩ではなくほんとにはなを垂れていた)だったワタシはそんなことなど知るべくもなく,この本に詳しく描かれる毎日新聞外信部長・大森実の活躍よりも,アトムやオバQが関心事。

 この件に関連して憶えていることといえばわずかに……この数年後(1968年くらいか)だと思うが,藤子不二雄(当時)がマンガ「パーマン」の中で主人公・スワ・ミツオが家に来た嫌な客を追い返そうとお茶を出しつつ「ジョンソン大統領は北爆を停止するでしょうか?」と議論をふっかけるをギャグを使っていたことくらいである。もちろん相手は小学生のその問いかけに驚くものの「ど,どうだろうね」と応じるだけで出て行きはしない。一般日本人の関心なんてそんなところだったんだろうが。

 ところが本書によれば,この大森実の記事が米国上層部の不興を買い,駐日大使・ライシャワーをして日本国内の反米感情を抑制するべく暗躍せしめることになった,というのだ。彼は等しく北ベトナムよりの記事を書き続ける日本マスコミからそのリードオフマンである大森実のみを孤立させるべく陰謀を張り巡らせ,これに応じた当時の首相・佐藤栄作は大森のライヴァル視されていた朝日新聞・秦正流を優遇し,結果として大森は毎日新聞を追い出されることになったのだと。

 他にも1968年にベトナム戦争に対する米国国民の世論を一変させたウォルター・クロンカイトの「極めて異例なアンカーマンの役割からの逸脱」(客観報道を旨としてきたクロンカイトが米国の「テト攻勢」について疑義を呈した一件)の内幕や,19世紀末,ユダヤ人砲兵大尉アルフレッド・ドレフュスがスパイ容疑をかけられた冤罪事件に関連して現在我々が使う「知識人」という言葉を作ったジョルジュ・クレマンソーの逸話など,読んで愉しいエッセイ満載。メディアとジャーナリズムに興味のある方は是非ご一読を


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