よみがえる天才アルキメデス〜無限との闘い 斉藤憲著

 1998年ニューヨーク,クリスティーズのオークションに1冊の羊皮紙本が出品された。10世紀後半にビサンツ帝国で写本され,12世紀にその上にキリスト教の祈祷書が上書きされたアルキメデスの幻の著作「エラトステネスに宛てた機械学的定理に関する方法」。

 1846年に発見されながら第1次世界大戦の混乱で行方が判らなくなり,1970年代になってようやくパリに現れたこの通称「C写本」はこの競売で名前を明かさないあるIT長者に200万ドルで競り落とされ,ボルティモアのウォルターズ・アート博物館にその解読,研究が委ねられる。

 たとえばユークリッドの「言論」では,立体の体積の関係…具体的には円錐の体積がおなじ底面,高さを持つ円柱の体積の1/3であることを証明するのに二重帰謬法というのを使っているのだが,え,あ,つまりですね,これはあることを証明するために「もしそうでなかった場合を過程して矛盾が生じることを示す」というやり方で,背理法ともいいます。

 アルキメデスはその二重帰謬法を用いて「放物線の求積」というのを行うのね。放物線の切片の面積は内接三角形の面積の4/3だということを証明…たいくつですか? ここ端折ろうか。

 てなわけで本書は,その研究成果を解りやすく…えっと,ある程度数学の知識のあるヒトには解りやすく,そうでないヒトにはそれなりに解説し,幾何学から出発したこの紀元前の天才が,その晩年には近代数学の基礎である数値の抽象性に肉薄していたことを証明して見せるのだ。

 早い話このアルキメデスの著作を埋もれさせた人類は,紀元前200年代のこの数学的思索に追いつくのにその後実に1600年くらいの年月を要したわけである。昔,ある数学教師が貧しさ故に小学校を中退した賢い男の子と40数年ぶりに再会したおり,彼が独学で編み出した二次方程式の解法を見せられて泣いたという話(真偽不明)を聞いたことがあるが,人類全体で似たようなことをやってたんだなぁと。

 悲しい? いやぁロマンやないの。そう思いません?


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: