大江戸曲者列伝・太平の巻 野口武彦著

 三島由紀夫,石川淳,大江健三郎辺りをネタにした文芸評論からスタートし,その後江戸文学から江戸文化,江戸の歴史にフィールドを移した(まぁオレが読むようになったのはそれからなんだけどさ)野口武彦センセイの…いわば「江戸版デキゴトロジー」みたいな本。え? デキゴトロジーって何だって? うーん。あったんだよそういう名物コラムが。

 とにかく週刊新潮(実はオレ,この週刊誌を買ったことがない。ガキの頃うちの爺さんが読んでいたので,なんとなく爺になってから読む雑誌だ,という意識があるんだよね)に連載していた「OH! EDO物語」という歴史コラムをまとめたもの。江戸時代の,教科書などには絶対にとりあげられない逸話ばかりを綴っている。 

 この「太平編」がだいたい黒船来航まで,続く「幕末編」がそれ以降という構成。期間的にはめちゃくちゃアンバランスな気もするが,幕末はそれだけ百鬼夜行が横行する乱世だったということかも知れぬ。

 面白く読んだのはまず忠臣蔵からみ。あの電柱松の廊下で……なにが電柱だ,殿中松の廊下で吉良上野介に斬りかかった浅野内匠頭を抱き留めた功績によって五百石の加増を受けた梶川与惣兵衛の複雑な心境とか,その内匠頭の切腹を検分しにいった大目付庄司下総守が若い頃ウナギの蒲焼き80切(!)をおかずにメシ六杯をたいらけたという大食らい伝説など…ホンマですかね?

 次に同じ江戸城内の刃傷沙汰ながら芝居にもならず,したがってあまり知られていない文政六年の松平外記刃傷事件というのがすごい。このヒト書院番という役職にあって切米三百俵というからまぁ三百石取りの旗本だったんだが,おとなしい性格ゆえか同じ役目の先輩達にひどく陰湿ないじめをうけていた。紋付の紋を墨で塗りつぶされたり刀の鞘に穴を開けられたり。

 なにを中学生みたいなことを,と思うがまぁ,いじめという行為自体が子供じみたもんなんだしいまさら言っても仕方ない。とにかくこのいじめられっ子がある日,弁当を食われ替わりに馬糞を詰められて遂にキレた。翌日出仕するなりものも言わずに鯉口を切る,いつも通り仕事をしていたいじめの当事者達に切り掛かる。反撃もできず逃げ惑う六人のうち三人を殺害,自身も介錯なしで腹切って死んだ。すごいでしょ?

 ほかにも上田秋成と本居宣長の天照大神をめぐる子供じみた論争やら,ご存知遠山の金さん,北町奉行遠山左衛門尉の彫り物が実は桜吹雪なんて可愛らしいものではなく髪振り乱した女の生首が手紙をくわえてる図柄だったてな…ウソかマコトかそんなこんな,45人の裏話。同じ作者による「幕末編」の38人も追って紹介するけんね。


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