この映画,子供の頃TVの洋画劇場で観て,なんとなく舞台はボストンと覚えていたんだけどオトナになって見返したらイギリスのロンドンだった。女性の首を絞めて殺す手口から頭の中でリチャード・フライシャーの「絞殺魔」と混じっちまってたらしい。ヒッチコック作品のなかでは地味な部類だがオレは好き。
テムズ河畔,首にネクタイの巻き付いた女性の全裸死体が流れ着く。このところ市民を震え上がらせているネクタイ絞殺魔の新たな犠牲者だ。その朝,勤め先のパブを首になった元空軍少佐リチャード(ジョン・フィンチ),素寒貧で別れた妻ブレンダ(バーバラ・レイ=ハント)に逢いに行く。2年前の離婚のあと結婚相談所の所長として成功を収めている彼女は彼に同情し夕食を奢ってくれた上,何も言わずにコートのポケットに現金を忍ばせてくれた。
ところが翌日,彼女は相談所の客でありリチャードの友人であるラスク(バリー・フォスター),実はネクタイ絞殺魔の手にかかって殺されてしまい,秘書の証言から嫌疑はリチャードに。そんなこととは露知らず,ブレンダがくれた金を頼りに恋人ベイブ(アンナ・マッセイ)を呼び寄せてホテルにチェックインしたリチャード,新聞で元妻の死と自分が容疑者として手配されていることを知り……。
すごいのは真犯人ラスクが死体に握られたタイピンを取り戻すためにイモのトラックに潜むシーン。正義を愛する善意の観客(というのはつまりTVの前でミカンかなんかを喰ってるオレのことなんだけど)としては,彼が見つかって逮捕されることを望むべきなのに,実際に観てると犯罪者である彼に感情移入しちゃって見つかるか見つかるかとハラハラドキドキする。
なんつの映像にはそういうチカラがあるんだよね。それから最後にリチャードの無実を晴らすことになるオクスフォード部長刑事(アレック・マッコーエン)と料理好きのその奥さん(ヴィヴィアン・マーチャント)の料理をめぐる下りのおかしさ。この2つのシークエンスの緩急の兼ね合いがつまりヒッチコック節なんであり,子供ながら「映画つうのは監督が作るんだ」ということを初めて理解した作品だったような気がする。