乗りそこない

 冷たい風が吹く田舎の駅で列車を待っている。「自由席2号車」という札の下に並んでいるのは5人。わたしはその最後尾で,やっぱりズボン下を穿いて来るんだったと後悔している。わたしの前は髪を茶色に染めた若い女で,海外旅行に行くような巨大なスーツケースを脇に置いている。

 着膨れした駅員がホームに現れ,待っていた列車の到着を告げる。どこか都会の路線を何十年か走ったあとでここに持って来られた旧型の列車は,年寄りが病院の待合室で腰を下ろすような感じでがたんと止まる。車内の暖気のせいで窓は曇っているが,座れないということはなさそうだ。

 ところがそこで問題が発生する。前の女がそのどでかいスーツケースをドアにつっかえさせている。なるほどその鞄の横幅は,ちょうどドアと同じくらいだが,なにもパズルぢゃあるまいし,縦に持ち込めばどってことなかろうに。とにかくそこにケースがあるので,続くわたしは乗り込むことができない。女は内側からケースを引っ張っているが,彼女の力では動かないらしい。

 そうこうするうちに発車のベルが鳴ってしまう。あわてたわたしは意を決し,ケースを飛び越えて乗り込もうとする。助走をつけてジャンプ。首尾よく上半身が車内に入り,わたしはケースを引っ張っている女に抱きつく格好になる。女が悲鳴をあげてわたしの肩を押し出す。

 ホームの冷えきったコンクリートの上に尻餅をついたわたしを,動き出した列車のドアの中からあの女が指差して笑っている。わたしは駅員に助け起こされ,ついでに飛び込み乗車は危険だという説教を食らう。あれであなたが線路に落ちて,列車が遅れたりするとわたしらまで減俸されてしまうんですよ。十をかしらに4人の子持ちだという彼の言葉にわたしは恥じ入って黙り込む。

 2時間待って次の列車に首尾よく乗れたわたしは終点の地方都市に着き,駅を出て最初に目についたホテルに飛び込む。予約はしてないんだが部屋はあるだろうか。フロントの男はできるだけ唇を動かしたくないんですよ,と言いたげな口ぶりでございますとだけ答える。

 ルームキーをうけとってエレベータの方に歩き出すと,ロビーに設けられたラウンジから大声があがる。思わずそちらをふりむくと,あの,わたしを突き落とした茶色の髪の女が,わたしを指差して笑っている。ほら,あのひとがさっきから話していたひとなのよ。尻餅ついて乗りそこなったひと。わたしは顔が赤くなるのを感じる。ラウンジの客全員,ウェイターもウェイトレスも,あのフロントの男も大口をあけてわたしを笑っている。 


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