初めて友人の家を訪れた男が書架を眺めている。部屋の主は台所でなにやら酒の用意などしている。
男は本棚の隅の方に,長年探し続けていたある本を見つけて引っ張り出そうとする。台所で友人が悲鳴を上げる。
何事かと台所へ行ってみると,友人が額に氷の入ったグラスを張り付けて立っている。
「わぁ,これはすごい。なんにも支えがないのにどうやって張り付いてるんだ?」
「ばか,お前,本棚の本を引っ張ったな。そのせいでくっついたんだ,早くもとに戻してくれ」
確かに本は元あった位置から数センチほど飛び出している。それを押し込むと,台所でグラスが落ちる音がする。
他の本を動かすと,友人が右目をつぶったまま酒の盆を持って来て言う。
「やめろってば」
すっかり愉快になった男は,わかったわかったと言いながら今度は両手で一度に三冊づつを引っ張る。
友人は恐怖の叫びをあげ,部屋は轟音とともに大気圏を離脱する。