その雰囲気が気に入り,常連というほどではないが二月に一度くらい顔を出すようになった飲み屋のカウンターで,隣り合った老人に話しかけられる。
「にいさん,あんたもしかして西の方の生まれかい?」
「いえ,生まれも育ちも東京ですが」
「そうかい,不思議だなぁ。あんた,オレの若い頃の知り合いにそっくりなんだ。きっと親戚かなんかだと思ったんだが。……ひょっとして親とか爺さんとかが九州の出ってこたぁないかい?」
「いえ,ウチは祖父の代に長野から出てきたんですよ」
「ふーん,しかし見れば見るほどそっくりなんだよなぁ,ほれ,そうやって猪口を傾ける時の仕草まで似てらぁ」
老人がやたらそっくりだ生き写しだとくりかえすのでこちらも興味が湧いてくる。
「その九州の方ってのは……いつごろのお知り合いですか?」
「おおよ,あれは……戦後間もなく福岡の炭坑で働いてた頃の仲間でよ,名前は……なんていったかなぁ,思い出せないが一時期よくつるんで博打なんかもやった男なんだ」
「今どうしてらっしゃるかは……」
「いや,死んじまった。坑内の事故でね,昔は多かったんだ。……人の命が安かったんだなぁ。おお,そうだ,一枚だけだが確かそいつと一緒に撮った写真があったはずだ。今度持ってきて見せてやるよ。いやもうほんとにあんたに生き写しなんだから」
老人が千鳥足で消えた後,手の空いた店主がお銚子を手にやってくる。
「どうもしつこい年寄りの相手をさせちまってすいませんでしたね。これ,店からのお礼です」
「こりゃどうも。あの爺さんよく来るの?」
「そう,週イチか,十日に一度くらいですか。寂しいんだけど他に話題もないんでしょうね。誰彼となく捕まえちゃあ『あんた,昔の知り合いにそっくりだ』とやるんですよ」
「ああ,あれ,誰にでも言うの?」
「ええ,来るたびにやってます」
「なぁんだ。……でも,今度来るとき写真を持ってくるって言ってたけど」
火をつけたばかりのハイライトから紫煙をたなびかせながら店主がこともなげに言う。
「あ,それは持ってきますよ。で,ほんとにそっくりですってば」