PERFECT DAYS ヴィム・ヴェンダース監督

 老婆が箒で道を掃いている音がする。その音で一人の男ヒラヤマ(役所広司)が目を覚ます。彼は掛け布団を四つに畳んで脇に置き、その上に枕を載せる。次に敷布団を三つに畳んで部屋の隅に置き、その上に掛け布団と枕を載せる。階段を下り湯沸かし器のついた台所のシンクで歯を磨く。口ひげを揃え頬と顎のひげは電気剃刀であたる。霧吹きを手に二階に戻り、自分が寝ていた奥の部屋に置かれた鉢植えたちに水をやる。ほのかに微笑む。

 壁に掛けてあった青いつなぎを身に着ける。背中には「The Tokyo Toilet」と印刷されている。ドアを出る、鍵は掛けないようだ。ドアのすぐ前の駐車場にバンが停っている。傍らにある自動販売機で缶コーヒーを1本、運転席でプルトップを開ける。日よけの上に乗せてある何本かのカセットテープの中からこの日はアニマルズを選び、エンジンを掛ける。走り出すクルマの背後には東京スカイツリーがそびえている。

 ヒラヤマの仕事は公衆トイレの清掃だ。東京・渋谷区内の(と、WEBサイトにはあるが、一部世田谷区のトイレも掃除していた。撮影の都合かな?)公衆トイレを巡回する。ローテーションは決まっており、毎日同じ神社のベンチでサンドイッチと牛乳の昼食を摂る。神社では木漏れ日に古いフィルムカメラを向けることもある。大樹の根元に芽生えた若木を貰ってきてコレクションに加えた日は幸せそうだ。仕事が上がると自転車で銭湯に行き、浅草駅地下の居酒屋で焼酎と晩飯。布団の上で本を読み、眠る。

 休日には湿らせた新聞紙をちぎって畳の上に撒きそれを箒で掃き集める。オレの祖母もやっていた昭和の掃除の仕方だ。コインランドリーに洗濯に行き、古本屋で百円均一の棚を物色。五年ほど前から通っている歌の上手いママのいる小料理屋に行く。後輩に金を無心されると断れず、疎遠になっている妹の娘が家出してくると彼女に寝室を明け渡し自分は階下の冷蔵庫の脇で眠る。同じようでいて同じではない「新しい毎日」が過ぎていく。

 小料理屋のママ役・石川さゆりが「朝日楼」を歌うとき、伴奏のギターを弾いてたのはあがた森魚だった。いろいろ得した気にさせてくれる映画である。


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